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九段下ビル、ついに存続の危機に。
かつて、そのビルには町内一強い男が住んでいた。フランス帰りのピアニストが住んでいた。フィリピンのマニラでマリアと呼ばれた美しい女性が住んでいた。アメリカ帰りの画家が住んでいた。漫画家が住んでいた。建築家が住んでいた。多くの人が生まれてそして死んでいった。それでもそのビルは建っていた。多くの命を見守りながら・・・・・

〜百年ビルディング 大西信之〜より
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東京都千代田区の靖国通り沿いにある九段下ビル

8月末に立ち寄った折、建物の西側部分の解体予定の掲示を見つけたが、今月になって喫茶店も立ち退きを余儀なくされ、建物全体で存続の危機にさらされているとの知らせを九段下ビルに住む画家の方から頂いた。

1927年竣工。バブルの地価狂乱、00年代の再開発ブーム、そしてリーマンショック前まで続いた都心回帰ブームとそのマンション建設ラッシュ。それら全てを乗り越えた九段下ビルは同潤会アパートもほぼ失われた今となっては、東京に残された貴重な近代建築となった。だから僕は少し油断していたのだ。

パリの街に降り立った時に思う感慨がある。建築的新陳代謝を拒否し、しかし積み重ねと時計の針が己の価値を着実に上げている。かの国の土建業を中心とした経済活動はいったいなんだったんだろう、と。

高度成長無きこれからの日本において目先の利益に囚われず、都市の価値を上げその魅力をどう生かしていくか。施策を講じなければ僕らに持続可能な社会などないだろう。



ここで九段下ビルに住む画家、大西信之氏を紹介したい。
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右が大西氏、左のメディチの石膏像フィギュアに隠されているのは日本一有名な森田さんで、これは深夜番組の撮影の時の写真のようだ。

彼の個展には僕も何度かお邪魔させていただいているし、僕の業界ではエヴァンゲリオンのアニメ制作会社「GAINAX」の劇場版第一作目「王立宇宙軍〜オネアミスの翼」のオープニング・エンディングの絵を全て描かれた方、というのが有名かもしれない。

映画「王立宇宙軍〜オネアミスの翼」オープニング


映画「王立宇宙軍〜オネアミスの翼」エンディング


そしてもちろん、九段下ビルを舞台に描かれたアンソロジーコミック「九段坂下クロニクル」の装丁の九段下ビルの絵画は大西信之氏によるものである。
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実はパソコンやネットどころか携帯も持たない大西氏。九段下ビルの窮地をブログやtwitterで訴えてくれないか、自分の思いを一筆したためたので掲載してはもらえないだろうかとA4用紙3枚の封書を頂いた。それを僕が文字起こししたものを“〜百年ビルヂィング 大西信之〜より”ということでこのエントリーの冒頭部分に掲載させていただいた。

以下がその全文であるが、僕のタイプミスによる誤字脱字もあると思うのでご容赦願いたい。



百年ビルディング 大西信之

 かつて、そのビルには町内一強い男が住んでいた。フランス帰りのピアニストが住んでいた。フィリピンのマニラでマリアと呼ばれた美しい女性が住んでいた。アメリカ帰りの画家が住んでいた。漫画家が住んでいた。建築家が住んでいた。多くの人が生まれてそして死んでいった。それでもそのビルは建っていた。多くの命を見守りながら・・・・・
 1920年春。一人の男がこの町にやってきた。まだ、ビルは無かった。男は柔道家だった。富山薬学高等専門学校。戦前の高等専門学校、いわゆる高専を出たばかりの若い薬剤師だった。
 柔道日本一を決める大会。それは戦前は高専の全国大会だった。野球、サッカーといった新しい輸入スポーツは大学のリーグ戦が日本一を決める大会だったが、土着的ではるかに裾野の広い柔道は尋常小学校、中学校から柔道の推薦で高専に進むのがエリートコースだった。大学の柔道部が科学的、スポーツ的なとりくみをしていたのに対し、江戸以前、戦国時代の柔術の流れをくむ高専柔道は絞め技、関節技なども使い、あて身、打撃も多用するより実践的な総合格闘技だった。男は富山県内では敵なしだった。「東京の講道館で柔道の道を極めたい」
 就職先は神田警察の鑑識課。警察の道場で巡査や刑事といった猛者たちといつでも稽古ができるのも魅力だった。講道館と警察でたちまち男は名を知られるようになった。「富山の山猿」。東京各地で開かれる柔道大会で男は勝ち続けた。給料は安かったが男は幸せだった。
 ある日、男は地元の名士から声をかけられた。
「君のことをウチの娘がひどく気に入っているのだが、一度、見合いをしてみてはくれないか」
 当時としては珍しい女の方からの求愛で男は神田区(今の千代田区の一部)の大きな薬局の娘と結婚した。ただし、男の子のいない薬局の主のために養子になることが条件だった。今でいう逆玉だ。そんなある日。薬局の建物は大きくゆれた。棚が次々と倒れ、薬びんはすべて落ちて砕けちった。ただ事ではない。あわてて外に出ると大地がうねるように大きくゆれていた。立っていられない程だった。やがて、あちこちで火の手が上がった。ほとんどが木造の平屋か2階建ての町家造りの神田の町はたちまち炎に包まれた。
 「この世の終わりか・・・・・・・・・・・」
男は山の手の方へ走った。九段坂を登って下町を見おろすと、あたり一面は火の海だった。
 大正12年9月1日。それは関東大震災と呼ばれる未曾有の巨大地震だった。死者、行方不明者10万人超。男の隣人、知人にも多くの死者が出た。薬局のあたりはすべて焼け野原となった。男は茫然とした。しかし、幸い家族は全員、無事だった。妻の父親が中心となって町の復興が始まった。江戸時代から続く木造の町並みでは地震、火事に耐えられない。欧米の最新技術をとり入れた耐震耐火の近代的な街造りが進められた。薬局、たばこ屋、酒屋、眼鏡屋・・・・・バラバラだった町屋の店舗はまとめられて一つの巨大なビルディングに生まれ変わった。そう。それは巨大としか言いようのないビルディングだった。一つの街区がそっくり一つのビルとなったのだ。3階建。官庁や大企業のビルを除けば民間の共同住宅としては最も大きなビルだった。
 「外国のようだな・・・・・・・」
男は目をみはった。それでは本当に活動写真で見た外国の町並みのようだった。
「パリかニューヨークか・・・・・」
やがてハイカラなビルディングでの新しい生活が始まった。かわいい子供たちも生まれた。幸せな時間はあっと言う間に過ぎた。大正デモクラシーは終わり、世の中は少しずつ軍事色を強めていった。
 昭和16年12月8日。日本軍はハワイ、フィリピンを同時に攻撃してアメリカ、イギリス、オランダを相手にした大戦争が始まった。不思議なことに当時、そのことを不安に思う人は余りいなかった。
「万才。万才」緒戦の大勝利に提灯行列が続き、人々は喜びに湧いた。昭和17年正月。陸海軍の空中観閲式が行われ日本機の大編隊がビルの上を飛んだ。ビルは町中の人の誇りだった。「日本が負けるわけがない」しかし、やがて、ビルの上をアメリカの爆撃機が飛ぶようになった。ビルの屋上には陸軍の高射機関銃がすえつけられた。最初は少数の中型機だったアメリカの爆撃はすぐに四発の大型機の大編隊となった。
 昭和20年3月10日。300機の大型爆撃機B29が東京を襲った。B29が積んでいたのは爆弾ではなく焼夷弾だった。木造の多い日本の家屋を焼き尽くすための特殊な爆弾だった。たちまち東京の下町は炎に包まれた。それは22年前の関東大震災の再現だった。九段下ビルは炎の海の前に立ちはだかった。ビルはかつて地震の際、町の延焼を防ぎ、巨大な防火壁となることを考えて設計されていた。下町から押し寄せた炎はビルで食いとめられた。焼夷弾の直撃もうけたがビルは燃えなかった。ビルは見事に町の人たちの命を救った。一機のB29がビルをかすめて神田川に墜ちたがビルは無事だった。ビルは不死身だった。
 その後もずっと長く続いたビルの物語をここにすべて描くことはできない。しかし、そのビルが今解体されようとしている。多くの画家、写真家、映画監督がそのビルの姿を映像に収め、小説家が、漫画家が作品の中に登場させ、また、そのビルを主役にした物語を描いた。
 そのビルが今、解体されようとしている。
 そのビルの名を、九段下ビルという。

注)文中「フィリピンのマリア」に関してはこの文章を書いた大西信之の著書「ラストフライト~星の王子の伝説~」(ホビージャパン)に、九段下ビルに関しては一色登希彦、朱戸アオ、大瑛ユキオ、元町夏央、共著「九段坂下クロニクル」(小学館)に詳しいです。興味のある方はそちらをどうぞ。


以上ほぼ著者の原文のママ掲載
by mentoscoke | 2011-10-16 01:00 | 建築
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作品の紹介や日々の業務、プライベート等をレポート。定期更新にくじけています。 福島県出身。 ご依頼ご連絡は下記アドレスへ。   mentoscokeアットマークgmail.com   
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